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2010年2月10日(水)

愚痴三連発①、②のことにイライラしながら畑へ行き、
一人で必死で草抜き。一人でやる畑仕事はまじしんどいです。
ようやく終わって、フラフラ状態でさあ帰ろうと思ってるところへ、
住み込み実習中の農業学校生が一人やってくる。

「ちょこさん、このまえみんなに写真を撮ってあげたでしょ?
あのとき私、病気で実家に帰ってていなかったの・・・。
ねえ、お願い。私の写真も撮って。お金払うから。
ね、ね、お願い。いいでしょ?」

「でもあなた今月中には実習終わって郡に帰るんでしょ?
私今週末から旅行で帰ってくるのは3月だよ。
それに現像できるのはマシシ(対岸の町)だけ。
仕事があるから平日はマシシへは行けないから今週中は無理じゃん。
どうやって受け渡すのよ。無理でしょ・・・」
(↑正直めちゃ疲れててそれどころじゃない。)

「だれかここの従業員に預けてくれたら、いつか取りにくるから。
ねーお願いよ~~~~」

「あーはいはい、考えとくから・・・」
もう体力が限界で、返事するのもしんどくて、さっさと畑をあとにしました。

たかが写真1枚と思うかもしれないけど、今日初対面の彼女のためだけに
写真を撮ってあげて、彼女が欲しいものだけをUSBフラッシュに移し、
マシシへ船で渡って、写真屋さんに行って、現像するのを待って、
現像した写真をまたここまで持って来て、誰かに預けるわけでしょ?
あーーー面倒ーーー。私ってケチなのかなあ。(-_-;)

私がイラッとするモザン人の口癖は、
「Estou a pedir」=「おねがぁ~い」ってニュアンス・・・。
これ、直訳すると現在進行形の「私はお願いしています」。
なんていうか、自分のことしか考えていないような子どもっぽい
ニュアンスに聞こえてしまってどうも苦手。
普通、お願いしますは「Por favor」が丁寧な言い方なんですが・・・。

通りすがりの子どもがよく言って来るのは
「Estou a pedir mil」=「1メティカイス(約3円)ちょうだ~い」
  ※milは1000という意味なんですが、数年前にお金の桁が
   3桁切り捨てになったため。今でも慣習的に1mtのことをmilと呼ぶ。
「Estou a pedir o pão」=「パンを恵んで~」
「Estou a pedir o doce」=「キャンディーちょうだ~い」

農民がよく言ってくるのは、
「Estou a pedir a semente」=「種ちょうだいよー」←種も買えなくてどうやって農民やってんのさ。
「Estou a pedir o regadio」=「灌漑施設ちょうだい」←そんなに面積ないじゃん!

いらない商品を売りつけようとする店員は、
「Estou a pedir...」=「ねえ、頼むから買ってよ~」←じゃあいい商品を揃えろっつーの!

モザン人はとりあえず頼んでみるか、という感覚がある。
特に外国人に対してはすごく気軽に、お願~い、って言ってみる。
お願いしてもしもらえるもんならラッキー♪という感じ。
それなのに断ったら「チッ」と舌打ちされたり、逆切れされることもあって、
まったく筋の通らないお願いをされた上に、不愉快な思いまでさせられる。

普段は「Chinês!」「China!」「チンチョンチャ~ン」「アチョー!」とか言って
馬鹿にしてくるくせに、お願いすることだけはいっちょ前なので、呆れます。
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2009年9月30日(水)

お金をちょうだい、と言われるのはいい気分ではない。
今日は2人も言われた。

1人目は、見積もりを取りたくて入ったお店で。
レジの前に並んでいたおじさんが私を見るなりいきなり、
「10メティカイスちょうだいよ。足りないんだ」

はあ?

全く見ず知らずのおじさんがですよ!?
しかも全然深刻そうな様子ではない。
こいつ、絶対お金持って来てるくせに、たかってる。

「なんで私が払わなきゃならんのじゃ。払うか!」
ってなことを言ったら、
「なんでダメなんだよ、酷いやつだなぁ、払えよ~」
なんで?こっちが聞きたいわ、ボケ!!!


2人目は、この前かまど作りをした組合に所属してる女性。
携帯にワン切りがかかってきたから、かけ直したら、

「携帯にお金が入ってないの。組合に電話したいんだけど、5メティカイス送って」
※モザンの携帯はプリペイド式。そして自分の携帯に入っているプリペイドの一部を、メールで他の人に送って贈与することができます。

今度は見ず知らずの人じゃないけど、一回しか会ったことのない人。
初対面で電話番号聞かれたときに、ちょっと嫌な予感はしていた。
だって、そんなに仲良くなってたわけじゃなかったから。
電話番号聞いといて、お金貸してとか言うんじゃないだろうな・・・と。

予感的中。

「私はお金は人にあげないことに決めてるの。
しかも私と仕事の話をするためにかける電話じゃないんでしょう?
組合にかけたいんなら、組合の人に頼むべきことで、私にそれを払う責任はありません」

と言ったら
「え~そんなこと言わないでよ~、お金ないのよ~。
たった5メティカイスだから。ね、ね、お願い!いいでしょ?」

みたいな感じ。かなりしつこかった。
5メティカイス頂戴という用件を話すために、5メティカイス以上の通話料を浪費させられたことは確実。
結局、「あげない」の一点張りで、彼女もそのうち諦めてくれた。

そりゃ、5メティカイス(20円)とか10メティカイス(40円)とか、
私にとっては大したことない金額です。
あげようと思えばいくらでもあげられるし、惜しいとも思わない。
でも、それを簡単にあげてしまうことは、その人たちにとって絶対によくないことだと思う。
外国人に頼めばお金はもらえるものだ、という甘い認識。依存心。
それはその人から自助努力の意識を奪い、ひいてはこの国の発展を阻害するものだと思うから。

「お金ちょうだい」

大人から言われることも、子どもから言われることもある。
でもその度に、断って悪いなと思いつつも、腹立たしくて悲しい気持ちになります。
2008.08.25 ChinesとJaponeses
アフリカではどこでもそうなんだろうけど、
モザンビークではアジア人はめっちゃ目立ちます。
道を歩いてると、すれ違う人のじろじろとした視線を感じたり、
追い抜きざまに何度も振り返られたり。

日本人が日本で黒人を見たとしたら、興味はあるんだけど
見たら悪いかな~と思って極力見ないような気がする。
でも、モザン人はほんっっとに”じろじろ”見てくる。
子供ならまだしも大人までみーんな(苦笑)

見るだけなら気持ちが分からないでもないし、
ま、しょーがないかなぁと思うけど、
私がモザンビークで暮らす中で一番いやだなぁと感じてるのは、

「China(シナ)!」(=中国)

とか

「Chines(シネース)!」(=中国人)

とか声をかけられること。
かーなーりーイラッムカムカとする。
大体1日で2~3回は耳にするかな。

友好的な呼びかけではなくて、明らかにバカにしてる感じ。
中にはめちゃくちゃな中国語もどきでからかってくる輩もいる。
最近ではオリンピック効果か、「Beijing!」と言われることもある。

日本人がモザンビークを知らないように、
モザンビーク人も日本を知らないのはしょうがない。
でもアジア人を「中国人」と決め付けて、言動に出して
からかってくるその態度はどうもむかつく。ムカ

「Eu sou Japonesa!」(日本人だっちゅーに!)
って言い返してみるけど、きりがない・・・。

言い返せる距離とタイミングならいいけど、すれ違いざまに
後ろから捨て台詞のように言われたり、道の反対側とかから
言われたら言い返す気にもならず、無視してる感じ。

モザン人はなんでこんなにからかってくるんやろ?
モザン人だって間違われたら嫌な気分になるんじゃないのかなぁ。

そもそも「中国人」だけが嫌いなのかな?
「日本人」と聞いて、「あぁ、日本人か、ごめんごめん」と謝ってくる人もたまにいる。
確かに欧米人やインド人、アラブ系の人はけっこういるけど、
そういうからかい言葉を言われているのを聞いたことがない。

でも、「China」と言われて気分を害している私も、中国人が嫌いなのか?
と考えたりして。
ただ単にモザン人のからかいの口調に腹が立っているのか、
中国人であれ何人であれ間違われたことそのものに腹が立っているのか、
それとも「中国人」に間違われたことに腹が立っているのか・・・。
多分、全部当たってると思う。
あんまり意識したことはなかったけど、自分の中にも偏見があるのは事実なんだろう。

いろいろ考える機会にはなった。

でも、やっぱりからかわれるとムカツクわ!ムカムカ
きいー!ムカムカムカムカ
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